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最高裁判所第二小法廷 昭和58年(オ)1289号 判決 1984年4月20日

上告人

桜庭彦治

上告人

桜庭鈴子

右両名訴訟代理人

猪狩庸祐

大久保博

被上告人

山田盛

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人猪狩庸祐、同大久保博の上告理由第一及び第二について

原審は、1(一) 被上告人は、昭和九年一二月一四日、上告人桜庭彦治に対し、被上告人所有の本件土地を、賃貸期間二〇年、普通建物所有の目的、権利金・敷金なく、無断譲渡・転貸禁止の特約付きで賃貸した。(二) そして、本件賃貸借契約は、昭和二九年一二月一四日期間二〇年として更新され、その後地上建物の無断増改築禁止の特約がされ、上告人桜庭鈴子が連帯保証人となつたが、更に本件賃貸借契約は、昭和四九年一二月一四日期間二〇年として更新された。(三) ところで、本件賃貸借契約には、前示のとおり被上告人の承諾なしに建物の増改築をしてはならない旨の特約があつたが、上告人桜庭彦治は、昭和三七年一二月本件建物(1)について長男名義で増改築の確認の申請をしたうえ、昭和三八年ころその増改築に着手し、土台石を敷いた段階で被上告人に承諾を求めたので、被上告人がこれを承諾せず、その中止を申入れたが、上告人桜庭彦治はこれを聞きいれずに完成させてしまつた。そして、右増改築により上告人桜庭彦治宅の便所が被上告人の長男宅に接近して同人らに不快感を与えるようになり、また、上告人桜庭彦治は、右増改築部分に間借人をおいたが、被上告人は、上告人らとの紛争を避けるため、特に抗議を申入れることはしなかつた。(四) また、本件賃貸借契約には、前示のように被上告人の承諾なしに本件土地の賃借権の譲渡・転貸をしてはならない旨の特約があつたが、上告人桜庭彦治は、被上告人の承諾を得ずに妻である上告人桜庭鈴子に本件建物(1)の所有権を移転して本件土地を使用させ、かつ、昭和三八年二月八日上告人桜庭鈴子に本件建物(1)の所有権保存登記をして、本件土地を転貸した。被上告人は、後日このことを知つたが、紛争を嫌つて抗議等の申入れをしなかつた。(五) 上告人らは、昭和五〇年一二月七日本件建物(2)を隣地に接近して建築した。そのころ、これを知つた被上告人は、上告人らに書面で右建物は、何時、誰が建てたのか明らかにするよう求めたが、上告人らがこれに応じなかつたので、被上告人は、上告人らに重ねて書面でその回答を求めたが、上告人らはこれにも応じなかつた。(六) 昭和三八年ころから上告人桜庭彦治の賃料の支払が遅れ、また、被上告人は、本件土地を自ら使用する考えをもつていたが、本件賃貸借契約の解消は考えず、昭和四九年一二月一四日の賃貸借契約の更新に先立ち、同月一二日上告人桜庭彦治に対し更新料の支払を請求する旨予め通告し、昭和五〇年六月一日三菱信託銀行株式会社の鑑定による本件土地の更地価格二五八五万三〇〇〇円に基づき、借地権の価格をその七割にあたる一八〇九万七一〇〇円とし、更に更新料をその一割にあたる一八〇万九七一〇円と算定してこれを上告人桜庭彦治に支払うよう求めた。(七) しかし、上告人桜庭彦治がこれに応じなかつたので、被上告人は、昭和五〇年一〇月三〇日右更新料の支払を求めて宅地調停の申立てをした。調停は、一四回の期日が開かれ、主として、被上告人と上告人桜庭彦治の代理人として出頭した弁護士小林正基との間で更新料の額と支払方法のほかに、前記の上告人桜庭彦治の本件建物(1)の無断増改築、本件土地の賃借権の無断転貸、賃料支払の遅滞等の問題等についても話合がなされた。その結果、賃料に関する問題は、賃料の増額もあつてその賃料額及び支払額が不明確になつていたが、双方の言分の隔たりが大きく早急に合意に達することが困難な状態にあつたので、調停成立後、右の点につき更に話合いを続けることとした。そして、被上告人は、上告人桜庭彦治の前記の不信行為を不問に付することとし、不問に付したことによる解決料と本来の意味での更新料との合計額を一〇〇万円に減額する旨申入れたところ、上告人桜庭彦治はこれを了承し、右一〇〇万円を昭和五一年一二月末日五〇万円、昭和五二年三月末日五〇万円と二回に分割して支払うことを約したので、昭和五一年一二月二〇日上告人桜庭彦治が被上告人に対し更新料一〇〇万円を右のとおり分割して支払う旨の調停が成立した。(八) そして、上告人桜庭彦治は、第一回の分割金五〇万円は約定のとおり支払をしたが、第二回の分割金五〇万円は期限までに支払をしなかつた。そこで、被上告人は、上告人桜庭彦治に対し、昭和五二年四月四日到達の書面をもつて、右書面到達の日から三日以内に第二回の分割金五〇万円を支払うよう催告したが、上告人桜庭彦治がその支払をしなかつたので、被上告人は、同月一〇日到達の書面をもつて本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。(九) 上告人桜庭彦治が、第二回の分割金五〇万円を期限までに支払わず、かつ、被上告人の催告にも応じなかつたのは、調停の際被上告人側が借地の範囲を明確にすることなどを先ず履行することを約束していたものと考えていたこと、被上告人が従来、賃借人の不信行為について強く抗議をせず、また、義務の履行を迫つたことがなかつたので、右分割金を期限までに支払わなくても本件賃貸借契約が解除されるという事態に至ることはあるまいと思つていたからであつた。しかし、調停成立の際、賃料については後日話合いすることが留保されたものの、被上告人が先ず借地の範囲を明確にすることなどの合意はされていなかつた。なお、上告人桜庭彦治は、昭和五二年四月一六日被上告人に対し、第二回の分割金五〇万円を弁済のため提供したが、被上告人がその受領を拒絶したので同月一八日これを供託した、との事実を確定したうえ、2(一) 本件賃貸借契約は、昭和九年に締結されて以降二回の更新がされているが、右契約締結当時権利金・敷金等の差入れがなく、かつ、その間地価をはじめ物価が著しく値上りしているため、被上告人が更新の際に借地権価格の一割に相当する更新料の支払を請求し、これについて当事者双方が協議したうえその支払の合意がされたことの経緯から見ると、本件更新料は、本件土地利用の対価として支払うこととされたものであつて、将来の賃料たる性質を有するものと認められる。(二) 被上告人は、その所有土地の有効利用を考え、また、上告人らの不信行為もあつたが、本件賃貸借契約の解消を求めず、その継続を前提として更新料を請求したものであるから、更新に関する異議権を放棄し、その対価としての更新料を請求し、これについて更新料の支払が合意されたものと認めるべきである。(三) また、本件においては、上告人桜庭彦治に建物の無断増改築、借地の無断転貸、賃料支払の遅滞等の賃貸借契約に違反する行為があつたが、本件調停は、これら上告人桜庭彦治の行為を不問とし、紛争予防目的での解決金をも含めた趣旨で更新料の支払を合意したものと認められる、と認定判断するところ、以上の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし正当として是認することができる。

ところで、土地の賃貸借契約の存続期間の満了にあたり賃借人が賃貸人に対し更新料を支払う例が少なくないが、その更新料がいかなる性格のものであるか及びその不払が当該賃貸借契約の解除原因となりうるかどうかは、単にその更新料の支払がなくても法定更新がされたかどうかという事情のみならず、当該賃貸借成立後の当事者双方の事情、当該更新料の支払の合意が成立するに至つた経緯その他諸般の事情を総合考量したうえ、具体的事実関係に即して判断されるべきものと解するのが相当であるところ、原審の確定した前記事実関係によれば、本件更新料の支払は、賃料の支払と同様、更新後の本件賃貸借契約の重要な要素として組み込まれ、その賃貸借契約の当事者の信頼関係を維持する基盤をなしているものというべきであるから、その不払は、右基盤を失わせる著しい背信行為として本件賃貸借契約それ自体の解除原因となりうるものと解するのが相当である。したがつて、これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。

論旨は、ひつきよう。原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわない事実若しくは独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第三について

本件において、賃貸人に対する信頼関係を破壊すると認めるに足りない特段の事情があるとは認められないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として肯認するに足り、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(宮﨑梧一 木下忠良 鹽野宜慶 大橋進 牧圭次)

上告代理人猪狩庸祐、同大久保博の上告理由

上告人両名は、本書をもつて、次のとおり上告理由を明らかにする。

第一、原判決には、次の各点について判決に影響を及ぼすことの明らかな借地法の解釈の誤り、法令の違背及び、判決の理由不備ないし齟齬がある。

原判決は、本件更新料の性質について、①「本件更新料は本件土地利用の対価として支払うこととされたものであつて、将来の賃料たる性質を有するものと認められる」(原判決書第一三丁表一〇行目から同丁裏二行目まで)、②「更新に関する異議権を放棄し、その対価としての更新料を請求し、これについて更新料の支払が合意されたものと認めるべきである」(原判決書第一三丁裏六行目から同八行目まで)③「紛争予防目的での解決金をも含めた趣旨で更新料の支払を合意したものと認められる」(原判決書第一四丁表一〇行目から同丁裏一行目まで)の三つの性質をもつものと認定し、故に「本件更新料の支払義務は、更新後の賃貸借契約の信頼関係を維持する基盤をなしていた」と判断している。しかし、次に詳述するように、①については、判決の理由由備ないし齟齬があり、②については、法令の解釈適用を誤り、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背があり、③については、その前提となる事実の認定につき経験則違背による重大なる事実誤認があり、さらには判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背が存する。

以下、詳述する。

1 本件更新料の性質について

(一) 先づ、本件更新料の性質を明らかにするために、その前提として、本件賃貸借契約の更新は、いつ、どのようにしてなされたかをみるに、本件更新は法定更新であつて、約定更新ではなかつた。すなわち、

借地人の使用継続による法定更新の要件は、①借地権の消滅後に借地人が土地の使用を継続すること、②地主が遅滞なく異議を述べないこと、ただし、借地上に建物があるときは正当事由がない限り異議は述べられない、である(借地法第六条)。

上告人彦治は、昭和四九年一二月一三日の存続期間終了による借地権の消滅後も本件土地の使用を継続していたが、隣接地に居住しこれを知悉していた被上告人から本件土地の使用継続に対して何ら異議を述べられたことはなかつた。しかも、右借地権消滅後の昭和四九年一二月三一日には、被上告人に対し、昭和五〇年度分地代として金七万円を提供したところ、これを「昭和四五年度以降未清算につき追つて清算」として受領され(乙第一九号証の一の二)、また昭和五〇年一二月二三日には被上告人に対し昭和五一年度分地代として金一〇万円を提供したところ、これを「昭和四五年以降未清算地代内入金。追つて清算」として受領された(乙第二号証の七)。これらは、翌昭和五一年一二月二〇日被上告人に対し昭和五二年度分地代として提供した金一〇万円が「昭和五二年度地代内金」として受領されている(乙第二号証の八)ことからして、被上告人によつてそれぞれ「昭和四五年度以降同五〇年度までの未清算地代内入金」及び「昭和四五年度以降同五一年度までの未清算地代内入金」として、又はそれぞれ「昭和五〇年度地代内入金」及び「昭和五一年度地代内入金」として受領されたものである。

ところで、借地権消滅後に、貸地人が借地人の使用継続を知つて地代を受要した場合のように、借地人の土地使用継続を一旦明示又は黙示に許容したときは、これによつて更新の効果が確定し、以後に貸地人が異議を述べても、それは無意味というべきである(京都地判昭二五・三・二五下民一・三・四〇七)。

したがつて、本件土地賃貸借契約は、昭和四九年一二月一四日更新に際し、更新料支払の合意に関係なく、その合意の成立前に更新の効果が確定した。

(二) 本件更新料は、昭和四九年一二月一四日更新に際し、更新されることないしはされたことを認容したうえで、更新それ自体とは別個に一般慣習に従つて、すなわち世間並に請求がなされ、その支払の合意が成立したものである。すなわち、

(1) 上告人彦治は、更新前の昭和四九年一二月二一日付でその頃到達した文書をもつて、被上告人から「引続き賃借を希望されるもの」として「この場合は一般慣習に依つて契約の更新料を申受けることになります」旨の通告を受けたが、同文書においては、更新料の金額は「追つて申上げます」旨付記されているにとどまつた(甲第九号証)。その後、更新後の昭和五〇年六月一日付でその頃到達した文書をもつて、被上告人から、「本件土地の契約更新料は諸般の事情を考慮し、一般慣習に従つて借地権価格の一割が相当」として「一八〇万九、七一〇円」の更新料の請求を受けた(甲第一〇号証)。

(2) 被上告人は、昭和五〇年一〇月三〇日横浜簡易裁判所に対し被上告人を申立人、上告人彦治を相手方として本件土地に対する「昭和四九年一二月一五日以降二〇年の賃貸借契約の更新料として金一八〇万九、七一〇円を支払うよう」更新料に関する調停申立をなした(昭和五〇年(ユ)第一三七号貸地契約更新調停事件)。同申立書に至つて初めて、「参考事項」として「昭和三八年二月頃相手方は……申立人の意思を無視して二階家を増築し、その全部若しくは殆んどを第三者に賃貸している。而も建物は妻鈴子名義で登記されている。従つて、申立人は増築に対し承諾料を受けていない。」旨記載されたが、増築は被上告人の意思を無視してなしたものではなくかつ建物を上告人桜庭鈴子名義で登記したのも被上告人の承諾を得てなしたものにほかならず、被上告人の主旨も、無断増築ないしは無断譲渡転貸の点にあるのではなく、更新料額算定の参考資料として「増築に対し承諾料を受けていない」との点にあつた。(乙第三号証)

(3) 右調停事件において、その後被上告人からその昭和五一年四月二六日付及び同年五月一四日付各準備書面をもつて更新料の請求に併せて「建物増築及び借地権の譲渡若しくは転貸の承諾料支払い申立」がなされた(乙第四号証、第五号証)が、増築も建物を上告人鈴子名義で登記したことも、いずれも被上告人の承諾を得てなしたものであつて、無断でもなければ承諾料の支払を条件として承諾を受けたものでもなかつたので、上告人彦治がその支払に応ずる理由ななかつた。

(4) 右調停事件において、昭和五一年一二月二〇日、上告人彦治が被上告人に対し、更新料としての請求額の範囲内で、更新料金一〇〇万円を支払う旨の合意が成立した。

(三) したがつて、本件更新料支払の合意は、本件土地賃貸借契約の存続とは関係なく、一般慣習に従つて、すなわち世間並に成立したものである。

2 本件更新料の性格に関する「将来の賃料たる性質を有するものと認められる」旨の原判決の判断について

原判決は、本件更新料の性格について、「本件更新料は本件土地利用の対価として支払うこととされたものであつて、将来の賃料たる性質を有するものと認められる」(原判決書第一三丁表一〇行目から同丁裏二行目まで)旨判断した。

しかるに、他方では、原判決は「賃料が増額されたことも原因して、昭和五一年一二月二〇日の宅地調停成立時には、賃料額及び支払額が不明確となつていた」(原判決書第一〇丁表六行目から同八行目まで。但し、支払額は明確であつた(乙第二号証の一ないし八、乙第一九号証の一の二)から、「支払額が不明確」との認定は明らかに誤つている。)旨認定しているのである。

昭和四九年の更新までの間「地価を始め物価が著しく値上りしていることは明らか」(原判決書第一三丁表五行目から六行目まで)であるとしても、それは直接は賃料増額事由であるから、昭和五一年一二月二〇日の宅地調停成立時賃料額(昭和四五年度分以降の賃料額。乙第二号証の一ないし八、乙第一九号証の一の二)が不明確の状態で、賃料額の確定それ自体はさておいて、賃料たる性格を有する更新料、就中その金額につき合意をなすということは、上告人彦治にとつても被上告人にとつても事実上なしえないことである。賃料額が不明確な状態にもかかわらず、本件更新料支払の合意が成立したということは、本件更新料が過去の賃料にしろ将来のそれにしろ、賃料たる性格を有しないことの証左にほかならない。なお、更新料の支払いを求めた本件調停において、被申立人自らが、賃料増額の交渉は別の機会に譲り、更新料の支払いのみを解決したと述べている(第一審における昭和五六年四月二四日期日の原告(被上告人)本人調書第三一丁裏から同第三二丁表まで及び同年九月二五日期日の同調書第六丁表から同丁裏まで)のであつて、将来の賃料と更新料は全く別個のものであつた。

したがつて、原判決には、判決理由の不備ないし齟齬がある。

3 「更新に関する異議権を放棄し、その対価として更新料を請求し、これについて更新料の支払が合意されたものと認めるべきである」旨の原判決の判断について

原判決は、「更新に関する異議権を放棄し、その対価として更新料を請求し、これについて更新料の支払が合意されたものと認めるべきである」(原判決書第一三丁裏六行目から同八行目まで)旨判断した。

しかしながら、前記のとおり、借地法第六条の解釈適用からしても、本件土地賃貸借契約は本件更新料支払の合意に関係なく、その合意の成立前に更新の効果が確定していたのであるから、本件更新料について、更新に関する異議権放棄の対価としての性格を認めることはできない。

本件更新料の性格如何は法的判断すなわち法令の解釈適用の問題であるから、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背がある。

なお、原判決は、被控訴人(上告人)の主張として、本件更新料は「たかだか異議権の行使を放棄する対価にすぎない」(原判決書第三丁表五行目から同六行目まで)旨摘示している。しかしながら、上告人らは、原審において、更新料支払の義務違反を理由に賃貸借契約そのものの解除はできない旨を主張し、これに沿う判例を列挙した際、その一つとして右の判旨の一部とする判例を挙げたことはある(昭和五七年一二月二日付準備書面(被控訴人ら第一回)が、本件更新料の性格として右のような主張をなしたことはない。したがつて原判決の右摘示は違法である。

また、原判決は、本件更新料の支払合意につき、本件事情のもとでは、「必ずしも借地法六条の規定を潜脱し、同法一一条の賃借人に不利になるものとはいえないから、……その効力を認めるべきである」(原判決書第一四丁表三行目から同五行目まで)と判示する。しかし、上告人らは、本件更新料の支払合意それ自体を違法あるいは無効と主張した事実はない。原判決は、右の本件事情について、「金銭的解決をはかることは賃借人にとつて利益となる側面もあ」る、というが、本件において、被上告人が、更新時に正当事由にもとづく更新拒絶ないしは異議申立をしたという事実は全く存在しない。かかる時、更新料の支払いが如何なる意味において「賃借人にとつても利益となる」というのか。原判決の右の認定は経験則に反する不合理なもので、借地法の法理にも違背する。

4 「紛争予防目的での解決金を含めた趣旨で更新料の支払を合意したものと認められる」旨の原判決の判断について原判決は、「被控訴人(上告人)彦治に建物の無断増改築、借地の無断転貸、賃料支払の遅滞等の賃貸借契約に違反する行為(これらが、それ自体契約解除の原因たる不信行為に該当するか否かは別として。)があつたが、本件調停は、これら被控訴人(上告人)彦治の行為を不問とし、紛争予防目的での解決金を含めた趣旨で更新料の支払を合意したものと認められる」(原判決書第一四丁六行目から同丁裏一行目まで)旨認定した。

しかしながら、上告人彦治に賃貸借契約に違反する行為があつたとする右認定は誤りである。すなわち、

(一) 昭和三八年の本件建物の増築について、上告人彦治は、昭和三七年一二月被上告人に対しこれを申出てその承諾を得たうえ、工事に着手した。しかるに、その後基礎工事を終えた時点で突然被上告人から工事中止の申入れを受け(甲第六号証)、あらためて、(1)増築部分の東側には窓を設けないこと、(2)増築部分については建物買取請求権を認めない、との条件を付した承諾を得、これに従い工事を続行し完了したものである。

原判決は、「土台石を敷いた段階で控訴人(被上告人)の承諾を求めた」(原判決書第八丁一一行目から同第九丁表一行目まで)旨認定しているが、上告人彦治が昭和三七年一二月被上告人に対し増築を申出てその承諾を得ていたのでなければ、「土台を敷いた段階」まで本件土地の隣接地に居住し工事を知悉していた被上告人が工事につきなんら異議を申述べない理由はないのである。また、上告人彦治が、基礎工事を終えた時点で工事中止の申入れを受け、あらためて被上告人から条件を付した増築の承諾を受けたことは、右条件に従つて増築部分の東側二階の窓を埋めころし同一階の窓に目隠しを設置していること(乙第一一号証の一)からして、充分推認しうることである。のみならず、被上告人が、増築工事完了後間もない昭和三九年一二月三一日、上告人両名との間で上告人彦治を賃借人、同鈴子を連帯保証人、昭和二九年一二月一四日更新後の期間を二〇年間とする本件土地賃貸借契約書(甲第五号証)を取交している事実からして、増築につき被上告人の承諾があつたことは十分推認しうるのである。

仮に、増築につき被上告人の明示の承諾が認められないとしても、工事完了後間もない昭和二九年一二月三一日右のとおり本件土地賃貸借契約書(甲第五号証)を取交していること、増築後被上告人から増築につきなんら異議の申出がなかつたこと(原判決はこの点に関し、被上告人において上告人らとの紛争を避けるために、当時は、右以上に抗議を申入れることはしなかつた、と認定しているが、一旦抗議を申入れ、それを受けた上告人彦治が一応の対応をして、その後何らの申入れもないのは、上告人彦治の一応の対応で了承したと解するのが常識である。原判決の如き見解によると黙示の承諾はあり得ないことになる。)などからして、被上告人の黙示の承諾が十分認められる場合であるにもかかわらず、無断増改築であつたとする原判決の認定は、経験法則に違反する。

いずれにしても、昭和三八年の本件建物の増築が無断増改築であつたとする原判決の認定は、誤りである。

(二) 昭和三八年二月八日受付をもつて上告人鈴子名義でなされた本件建物の所有権保存登記について、上告人彦治は、本件建物の建築後間もない昭和一二年四月ころ上告人鈴子をして被上告人の法律事務所に赴かせ、被上告人に対しこれを申出て事前にその明示の承諾を得ている。それゆえ、当時から本件建物を上告人鈴子のものとして同人が本件建物に対する公租公課を支払い、台帳上も同人が所有者となっていたのであるが、昭和三八年に至つて同人名義で所有権保存登記手続をなしたものにすぎない。

仮に右明示の承諾が認められないとしても、被上告人は、右保存登記手続をなす以前において本件建物が上告人鈴子の所有となつている事情を知つていたから、上告人らに対し上告人鈴子が本件土地貸借契約につき借地人である上告人彦治の連帯保証人として加わることを要求し、上告人鈴子はこれに応じて連帯保証人になつていたのであつて、このような事情からして、被上告人の黙示の承諾が十分認定しうる場合であるにもかかわらず、借地の無断転貸であつたとする原判決の認定は、経験法則に違反する。

いずれにしても、昭和三八年二月八日受付をもつて上告人鈴子名義でなされた本件建物の所有権保存登記が借地の無断転貸であつたとする原判決の認定は、誤りである。

(三) 賃料の支払について、当初は毎年一二月一四日限り翌年分を支払う約であつたが、その後毎年年頭にその年分を支払う約になり、昭和三八年一月一五日には都合により三ケ月乃至六ケ月の支払猶予が認められて(乙第六号証)、今日に至つている。上告人彦治は右約定の支払期限に照らして賃料の支払が遅滞していたということはない。

領収書等の書類等の形式上賃料の支払が遅滞していたかのように見えるところがあるとすれば、それは、上告人彦治が約定の期限までに賃料を持参するとその際に、被上告人から持参した年度分についての賃料の増額の申入れがなされ(その時点ではその年度の公租公課の金額は未確定である等の事情により増額につき金額の呈示がないのが普通であつた。)、そのため持参した金員は賃料内金として領収され、その後増額協定成立後に差額金を清算するという被上告人の意図に基づくものであつて、実質上賃料支払の遅滞にあたるものではない。

上告人彦治は、「昭和三八年ころから賃料の支払が遅れ」(原判決書第一〇丁表五行目から六行目まで)たとする原判決の認定は、誤りである。

(四) そのほか、原判決は、上告人彦治の賃貸借契約に違反する行為として、「被控訴人(上告人)らは、昭和五〇年一二月七日本件建物(2)を隣地に接近して建築した。そのころ、これを知つた控訴人(被上告人)は、同月一二日被控訴人(上告人)らに到達した書面で、右建物は、何時、誰が建てたのか明らかにするよう求め、これに応じなかつた被控訴人(上告人)らに重ねて同月二四日到達の書面でその回答を求めたが、被控訴人(上告人)らはこれに応じなかつた。」(原判決書第九丁裏八行目から同第一〇丁表二行目まで)旨認定する。しかしながら、被上告人が回答を求め、上告人彦治から回答を得たことは、第一審において被上告人もその主張の中で認めていることであつて(昭和五二年一〇月二八日付準備書面)、「被上告人らはこれに応じなかつた。」との原判決の認定は明らかに誤りである。

のみならず、右建物は、原判決も認定しているとおり「取毀しの極めて簡単なプレハブの物置」(原判決書第一〇丁裏三行目)であつて、本来上告人彦治が賃借した当初から約三坪の木造物置を建築設置していた場所に昭和五〇年あらためて設置したものであるから、上告人彦治の賃貸借契約に違反する行為としてとりたてて取り上げるほどの行為ではないのである。

右のとおり、上告人彦治に建物の無断増改築、借地の無断転貸、賃料支払の遅滞等の賃貸借契約に違反する行為はなかつたのであるから、本件更新料について、これら上告人彦治の行為を不問とする紛争予防目的での解決金としての性格を認めることはできない。

従つて、原判決には、判決に影響をを及ぼすこと明らかなる法令の違背がある。

第二 原判決は、本件更新料の「不払は……賃貸借契約を解除する原因となるというべきである」(原判決書第一四丁裏六行目から八行目まで)旨判断したが、これには判決に及ぼすこと明らかなる法令の違背がある。

借地法第四条又は同法第六条によれば、借地上に建物を所有する借地人が「借地権消滅ノ場合ニ於テ……契約ノ更新ヲ請求シタルトキ」或いは「借地権ノ消滅後土地ノ使用ヲ継続スル場合ニ於テ」いずれも正当の事由ある貸地人が遅滞なく異議を述べない限り「前契約ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ借地権ヲ設定シタルモノト看做」されることになつており、建物を所有する借地人の借地使用継続が十分保障されているのである。もつとも、同法第五条が規定している当事者の合意によつて契約が更新される場合、又は法定更新に際して、更新料名義の金員の授受が約されることがあるが、このような更新の合意又は更新料の支払契約も法定更新を終局的に排除するものではなく、借地人の更新料支払義務の違反によつて更新の合意又は更新料の支払契約が解除されることがあつても貸地人に正当事由のない限り法定更新によつて借地使用は継続され得るのである。従つて、このような借地法の法理からして、更新料支払義務の違反は、土地賃貸借契約の解除原因とはならないものというべきである。

判例も、世間並に更新料の支払を求めたに過ぎない場合で、貸地人に賃貸借期間満了を待つて土地の使用について異議を述べ土地の明渡を求めることのできるような正当事由があり、借地人もこれを承認し更新料の支払をすることによつて契約の更新を図つたというような特別の事情が認められない場合について、「本件におけるいわゆる更新料はたかだか……土地賃貸借契約の期間満了時に有する異議権の行使を放棄する対価に過ぎないというべきで、この支払の遅滞により本件更新料の支払契約を解除して異議権を行使することができると解する余地はあつても、本件更新料の不払がそれにもかかわらず法定更新された賃貸借契約の債務不履行に当るものと解することはできない」(東京高判昭和四五・一二・一八判例時報六一六・七二)とし、また、期間満了の直前に、①従来の借地契約は無条件解除する②借地人は貸地人に土地賃借二〇年の継続料として金一〇〇万円を分割して支払うこととし、これに反したときは一切の権利を失う、旨の合意が成立した場合について、「本件合意の内容は従前の借地契約を一旦解約するのであるから、継続料の支払がない以上、もはや借地使用を継続し得ないとするもので、借地人にとつて極めて不利益なものである。」から「本件合意は畢竟借地法四条または六条による更新請求ないし法定更新の規定を潜脱し」「借地人のためにこれを否定するのが借地法の趣旨に則る所以である。」(東京地判昭和四六・一・二五判例時報六三三・八一)として、更新料支払義務の違反が土地賃貸借契約の解除原因とならないことを認めている。

なお、東京高判昭和五四・一・二四判例タイムズ三八三・一〇六は「更新料の不払を理由として本件賃貸借を解除しうる」旨判断しているが、これは、期間満了に先立つて異議なく更新を認めるが更新料金三〇万円を一括支払う旨の約定が成立した場合において「本件更新料三〇万円につき、つとに一括支払の約束をしながら、これを履行せず、その後これの支払の猶予をえたが、その猶予期間経過後もこれを履行せず、更にその後期限の利益を与えられて分割支払の約束をしながら又もや前言をひるがえしてこれを全く履行」しなかつた事案で、更新料支払義務の違反が貸地人と借地人との間の信頼関係を破壊するに至つたと認め、賃貸借契約の解除を肯定したものである。しかしながら、借地法の法理からすれば「更新料の不払を理由として本件賃貸借を解除しうる」とする右判断には疑問が存する。

そもそも、借地人には、実定法によつても、商慣習ないし事実たる慣習によつても、更新料の支払義務はない(最判昭和五一・一〇・一判例時報八三五・六三)。また、更新料の支払の合意が成立した場合であつても、その義務は土地賃貸借契約の基本内容をなすものではなく、付随的義務でしかない。判例及び学説は、賃料の不払や転貸等の賃貸借契約の基本的内容をなす借地人の義務違反についても、それのみで直ちに契約解除は認めず主張立証責任の帰属は別にしても、信頼関係を破壊するような債務不履行がなければ賃貸借契約を解除できないとする点において異論をみないのである。そうだとすれば、合意により更新料支払義務のある場合におけるその義務違反は賃貸借契約の基本的義務の違反ではなく、附随的義務の違反でしかないから、これが賃貸借契約の解除原因となるというためには、基本的義務違反の場合より以上に高度の背信性が要件とされなければならず、これが主張立証責任も解除の効果を主張する貸地人に負担させるのが公平ないし信義則の原理に合致するというべきである。

従つて、右に述べたところからして、本件更新料の不払が賃貸借契約の解除原因になる旨判断した原判決は、借地法の法理に反するといわざるをえない。また仮に更新料支払義務の違反が貸地人と借地人との間の信頼関係を完全に破壊する程度の高度の背信性を有するような場合には土地賃貸借契約の解除原因になると解する余地があつたとしても、本件更新料支払の合意は、前記のとおり、本件土地賃貸借契約の存続とは関係なく、世間並に成立したものであり、また、弁護士を代理人とする調停において本件更新料支払の合意が成立したかどうかということは、調停で合意が成立すれば貸地人である被上告人は債務名義を得てかえつて支払義務に違反した更新料を容易に取立てうることになる面もあるから、背信性の程度に影響を及ぼす事情とはならない。さらに、原判決認定のとおり、上告人彦治は、本件更新料金一〇〇万円について、第一回分割金五〇万円は約定のとおり支払をしたが、第二回分割金五〇万円は約定の期限までに支払わなかつたものの約定の期限から一五日後で催告の期日からほぼ一〇日後の昭和五二年四月一六日には被上告人に対しこれを持参提供し、被上告人がその受領を拒絶したので同月一八日これを供託したのであつて、背信性を軽減する重要な事情も存するから、この点においても、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の解釈適用の違背があるといわなければならない。

いずれにしても、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背がある。

第三、原判決は「更新料の不払について……解除原因たりうるとした場合信頼関係を破壊しない特別事情が存在するかについて判断する」(原判決書第七丁表一〇行目から一一行目まで)としながら、単に「本件について、前記認定事実によるとき、信頼関係を破壊しない特別事情があるとはいえないし、ほかに信頼関係を破壊しない特別事情の存在を認めるべき証拠はない」(原判決書第一四丁裏九行目から同第一五丁表一行目まで)旨判断したのみで、信頼関係を破壊しない特別事情の存否についてなんら具体的な理由を示していない。

従つて、原判決には、理由不備すなわち判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱ないし審理不尽がある。

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